〔緒言〕
主題である古伝説的教訓は現代の声楽教師にも多分に使用される言葉ではあるが、ほとんどの教訓は口から口への伝達であり納得のゆくものがない。この教訓に深い意味があったとしても、すでに失われている。そして直接、教授に役立つ方法は発見できなかった。パウログ・エッタ(Paulo Guetta)は言う。「この魔法のような言葉は単に好奇心を呼び覚ますに過ぎない。無意味であるだけでなく、教師はどんな結果を求めようとしているのか。」とあざ笑って言う。(但しある程度、声楽に関心があり、研究した人であるなら、喉に声がひっかかって、つまったような声の判別はつく筈である。しかし、古教訓は声の完成を表現する確実な言葉であることには間違いない。)
勿論『前出音』も日本の歌曲を歌うときと、イタリー歌曲の場合には、幾分明暗の差があるのは当然である。ベルカントを取り入れたドイツ歌曲のように。今回は「前出音1つにしぼって。」
少しでも前進した結果が発見できれば幸甚である。

〔本論〕
イ) 『前出音』
その声は咽喉の奥で作られたものでなく、あたかもホルンの音のように、ただ前方に音があるように感ずる。この作られた音とは何か。これは響(ひびき)の問題である。ひびきとは即ち共鳴の問題である。
したがって前出音の正体は声楽界で一番研究のおくれている共鳴の課題を分析・実験して、具体的な体系化に結びつけていく時、その実像を体感する糸口が発見できるように思う。

ロ) 『共鳴現象からの見解』
既知の如く、共鳴現象には二種に分けられる。

@甲乙の固有振動数が全く等しい時に起る共鳴(同調共振)
A両者の固有振動数が相異なっている場合に甲が振動すれば、これに連れて乙が振動する場合を強制振動と呼ぶ。この場合、乙は自己の固有振動ではなく、全く甲の振動数と同じ振動数をもって振動する。(田辺氏の音響学より)

人体共鳴はAに関連性があるように思う。(共鳴器の大きさも質も胸の場合、肺は空洞でなく、臓器で充ちている)
次にAの現象から人体の共鳴を分析してみよう。



ハ) 『完全共鳴器』とは
発声中、その主要3共鳴器(鼻腔、口腔、上胸腔)の共鳴周波数が接近して、共鳴現象が起った場合、相当な音響になって聞こえる筈である。


今、簡単な実験をしてみよう。
ハミング(口を少しあけて)で鼻腔と口腔のひびく共通感覚を身につけよう。(図1A、B)
次に両鼻をつまんで前歯のウラにひびきをあて、同時にアエイオウ母音を発生する(図1B、C)。これは口腔と胸腔の共通感覚を身につける。
そしてA、B、Cの綜合したひびきになれさせる。どんなひびきになったか実験してみよう。
しかし余り鳴りひびく音にはなったようには思われない。何か機能するのに不足しているものがある筈だ。
実の章に研究を進めてみよう。
   

ニ)
A 新語『前出共鳴音』の意味
それでは共鳴のメカニズムを初めから再検証してみよう。「ひざ」の関節はそこを境目として、上下の体のバランスをとる役目をします。このバランスは自動車の座席下のクッションのように音にも影響してきます。膝蓋骨=ひざざら、頭文字を取って「S振動」によって、作られたゆれ「振動」は膝を曲げてから、もとの位置にもどすとき(図2)体の大部分の体重が足ウラにかかります。(反動してはねる動き)
ところが床はかたいので床にかかった体重の圧力の分が逆に上部半身にあがって、作用するエネルギーに変わります。(図3 作用反作用の法則)。走り高跳びのふみきる時のバネを想像してください。
したがってS振動により、直接上部に上がる振動と、反作用によって上がる振動とにより、複雑な動きが出来あがります。
(図4)は矢印の方向に力を加えたとき作用、反作用が連続して動くのでタイミングよく振動を加えると、共鳴周波数は高くなる。
(図5)の「水ゴムマリ」はその課程をよくあらわしている。


B すでに「共鳴音の原理」で共鳴音の体系化の時にのべたように、共鳴器でも、その体積の大きい部分は増幅も大きくひびき、且つ共鳴現象で説明した通り、始めの共鳴振動音が次の物体の振動にも伝わっていくわけであるから、一番体積の大きい胸部に出発点を見つけたわけである。しかし、不随意筋の多い胸部(心筋、血管壁、内臓壁)ではそのものの、直接振動は出来にくい。したがってS振動の活用の重大さが理解でき、且つ、ここが練習の要(かなめ)となる。

C 共鳴音の音楽的修正はある程度、共鳴練習をしてから、テープなどで録音してみる。後はやはり耳の問題となるから、名歌手のレコード、CDを聞いてその「ひびき」の使い方を十分に研究してみる。




〔結語〕
前出共鳴音も、ただバカでかい声を出すのではなく緒言でも述べたように、その場その場にのぞんで相応しい声が望ましい。
18世紀中頃よりイタリーオペラが隆盛をきわめ、野外劇場・大ホールなどで歌うため歌手は朗々とどこまでも鳴り響き、かがやく声が必要であったろう。その頃より伝説的教訓も教師間で着目されるようになった。しかし、カルーリー・シャリアピアンはいざ知らず、平凡な我々声楽研究者は、その強大なボリュームをまねるのではなく前出音の教訓を通して、その実態的立場から無理のない発声で、音楽性をつかんでゆけば良いと思う。現在のCD、LPなどを聞くと音楽的技法のmessa,divoce(メッサ,ディボーチェ <>) mezza voce(半分の声) ボーチェディフインテ、弱頭声(北欧の) PP(ピアニッシモ)などの唱法は影をひそめ、楽をして自己の出し易い万年メゾフォルテで歌っている歌手が多い。
前出共鳴音とは多彩な表現力が可能でしかも、どの音も皆よく音楽的にひびき聞こえるものでなければ意味がない。こう述べてくると、毎日毎日を考えては歌い、聞いては歌って反省する反復練習の過程の主要さが身にしみてくるように思う。






逆進行におもりを動かすと硬いバネが付いたのと同じになる共鳴周波数大となる




上下にタイミングよく動かすと少しの力で上下に連続振動する