〔緒言〕
 さきに共鳴面積(体積)の説明で概要は述べたが、これはあくまで経験的、主観的な域を出ず、科学的な具体性には未だ乏しいと思われる。例えばデヴイドスイ・テーラー氏の名著「唱歌法の原理」の胸の共鳴に関する項の中で『胸部に於ける空気の共鳴がより低い音に対して力と色に重大な影響を有するものだと信ずる点では、かなり一致している。然るに如何にして胸部共鳴を掌る事を学ぶべきかを学生に語る時になると、教師は実際、何も言わない。胸腔で空気を振動させるための適当な方法は、今まで発見されなかった。したがって、胸部共鳴の使用と支配を教える明瞭な教授を期待することは殆ど出来ない。余儀なく純経験的教授に依らなければならない。』と述べている。我が国の声楽書の中でも、主観的な経験に頼るより他はないと述懐している。
 共鳴原理は、音声学的に見ても呼吸、咽頭の動きなど複雑で、手の届かない分野であり、声楽部門で一番研究の遅れている所である。
 私はここで、あらゆる研究領域を総合して及ばずながら体系化の研究にのぞんだわけである。
 今回は原理をおさえ、人体と機械(力学)の連想作用と、それによる声楽の音楽効果の強く変化する部分に注目した。それが音楽表現に関係する面で如何に活用されているかを現象的に調査した。
〔本論〕
イ)すでに前述の論文シリーズでS振動(膝蓋骨振動の頭文字)による「共鳴面積の拡大による共鳴の増大」については説明した。ここでは更に具体性と確実性のある音楽的共鳴音を実現する為の実験を試みた。掲載されている『共鳴音の増幅原理』の図を見ると(サウンドボックス)と(人体共鳴器)との間には多くの連関した類似点のあることに気づくであろう。
 では表を見ると次のようになる。







ロ)共鳴音増幅原理図の比較
  サウンドボックス 人体共鳴器
@ レコードの溝の動きで再生針が振動し、上部のてこの力で振動拡大する S振動(膝蓋骨)により人体上部の腹部、横隔膜を通じて、上胸部へと振動が伝わり、同時にS振動が床面(地面)からの反作用が活動し、振動をさらに大きくする
A てこの支点 大たい骨のつけねが支点
B 図の振動板(共鳴板)に作用し、音楽としてハッキリ姿をあらわす 上胸部、口腔(口唇)、鼻腔に作用し、各共鳴器の共振周波数が一致に近づくと音は響きを増す
C 音は空気室に至り、ラッパの出口が小さい為、空気室の空気は圧縮され、せまいラッパ出口からハッキリした音となって外部に放出される 上胸部の空気室、口腔のムロ、鼻腔などの空気室などでブレスコントロールされ、口唇から外部に出る
増幅@ABCを横線で示したとおり、類似の関係が多いことに気づく


ハ)科学的と経験的の総合研究
 ここで大きな疑問点に気づいた。一体、人体共鳴器では、サウンドボックスの振動板のように大きく、確実に音を伝えてくれる物質に相当する部分があるのだろうか。共鳴器に万遍なく振動エネルギーを作用させる方法は、すでにS振動で実習してきている。
 音自身の生命力あふれ、エネルギッシュな響きのある充実した音色(音量の大きさを言っているのではない)を想像しているうちに、Sと夏鳴く蝉(セミ)のことを考えた。
 雄蝉はその鳴いているときを観察すると、体全体をすごく振動させて、よく響く音を出す。コオロギは羽根を一杯にひろげて大きく響かす。
 サウンドボックスの振動板の中心は、共鳴器の上胸部あたりである。上胸部は手でたたいてもよく響くところである。
 そこで仮説をたてて、上胸部を振動板のように、前よりも十分に振動させることで、音量や響き(共鳴)が増幅されたら、実験は成功である。
 換言すれば、S振動とそれによる上胸部振動が(上胸部に振動して豊かな響きをもたらすようなS振動)望ましい。
これは十二分な納得のゆく練習が必要であろう。
 上胸部の成果があがれば、あとは(ノド)口腔の動きのコントロールを、うまく分子エネルギーと結びつければ上部にまで響きが伝わってゆく。(ある一箇所、例えば上胸などがより、以上の響きをつかまえると連関している口腔、鼻腔にまで+の響きが伝わる。分子エネルギーは関係しているものに形を変えて影響を及ぼす。 物理学の原理より)
 ここで断っておくが、この場合に絶対に上胸筋肉に無理に力を入れたり、息を無理に力を入れて腹部より圧力の力で押し出すことは避けること。あくまで自分の全音域を上胸の響きだけで歌えるようにする。
 くりかえして言うが、S振動により上胸振動を更に活発にさせ、その響きで歌唱することである。


〔結論〕
 以上の発声研究を、実際の歌曲に応用してみる時、全体的に声の線がより安定度を増し、歌っている時により深みのある充実した音色に近づいている。高音の表現がf(フォルテ)強い音に輝きと充実さを増し、またP(ピアノ)、PP(ピアニッシモ)にもってゆく時、Mezza Voce(メッツァボーチェ)中位のチャーミングな声とPor.(ポルタメント)の併用により、自由にデリケートな音楽の世界が開かれる。低音の増減も自由になり、特にf(フォルテ)が頭部共鳴を含んだ美しい音になった。