共鳴音(声楽)の体系的とその実証についての研究(その3)
「理想的発声と共鳴音の関係、今回は低音部ラ(R)-ミ(E)
中音部ファ(F)-シ(H)を中心として」

〔緒言〕
低音部は比較的に、おろそかにされがちの部分であるが、後で説明する楽曲に記したが、よく調べてみると低音の音色、音量の変化によって、複雑な心理面の表現も可能になってくる。良い声楽家は高音部と同じく、f、ff、mezza voce、mezza divoce、P、PP、いずれの表現も可能でなければならない。
即ち2次的上胸部振動の余裕ある共鳴の、ポテンシャルエネルギーを利用しなければ役に立たない。悪い発声を、体力にまかせて、使用すると、その影響が高音、中音部にもつたわり、悪循環となる。

〔本論〕
イ)低音部の自由性
低音部の表現が自由に出来ないことは、低音が胸のひびきを中心とした音色という観念が耳や頭に、こびりついている為に、自由性を失うので、もっと頭部、鼻腔、口腔のひびきを利用した方が自由な表現ができる。そのうえに音色が美的要素もあらわれる。くりかえすが、Hum(ハミング)口腔の共鳴の予備練習をしてから、歌に取りくむことが重要になってくる。
ロ)低音表現のための実例
丸みのあるたっぷりしたひびきでマルカートのように、発声する。口腔、鼻腔のひびきが入っていないと、荒々しく、ガサガサした音になるので充分注意してテープで聞いて、たしかめてみる。前後の曲との釣合を考えて。
演奏している大多数の人は、この箇所のf(フォルテ、強く)が充分利いている表現が不十分であります。「ちよの」までは特にハッキリと。
ハ)中音域の確実な表現力の把握
どの声種も必ず使用する音域であるが、楽譜の曲想記号に忠実に表現できる技術はなかなかつかめない。ここで表現可能の所までもってゆくために、第一にやる事は、中音域の音を1音1音づつ、前にも実習した多彩な表現能力をしっかり身につけること。低音域より上胸部振動は強めに少し口腔鼻腔のひびきを多くして全体のバランスをとる(これが大変むずかしいと思う)。

ニ)中音部の使い方の実例
先に説明したが、中音は低高の橋渡しであり、中音だけと言うと、説明しにくいので、曲の全体からその前後関係からさぐりを入れてみた。

『caro mio ben』(図4)





















@をmf(メゾ フォルテ)で歌った場合Aはmezza voce(半分の声)位で歌うと陰影が出て深みが出ると思う。BはしっかりひびかせてdecrsCはしぼってDは低音のひびきをきかせる。間奏が4拍あってEのHのmfは上胸のひびきの使い方を上手にしないと、美しい丸味のある音色にならないから注意を要する。FはレガートでやさしいPで音量は少なく。また間奏があってGは細心の注意でデリケートに流れ出しHでだんだん強くしIで頂点に達するこのミの音は男声はエネルギッシュに歌ってよいが女声の場合頭響を多く混ぜた方が声が前出すると思う。研究すべき所だ。Jはmfと書いてあるがmp位ののほうがきれいな線が出る。Kは下方ポルタメントで深みのある音色でLを弱く上方ポルタメントをゆっくりとかけてMに流れ込んでPPで歌う。この所がほとんど曲想に一致しないでかえって逆に演奏しているCDなどが多い。昔になるがイタリーのテノールが実に上手にここを歌ったのがいまだに印象にのこっている。Nはmfと書いてあるがmpで流した方が美しい。Oの部分を小さくPでだんだん大きくして、Qで最後の締めで、深く厚みのある音色でR美しくポルタメントで消え入る様なPPでSで少し、ハッキリめに終始する。

〔結語〕
声に最も悪いのは、事故の高音がどこまで出るとか欲張って無理に非音楽的な声を出して満足していると、それが必ず低音中音部が、出にくい状態となり、一番表情表現力を必要低音も余り欲張ると高音域ではないがよくない結果がおとずれる。自己の声の線を確実なものにするためには、主観的、客観的態度両面から研究すると同時に常に原点に立ち帰って、夢と希望を永遠に持続する事を忘れない事だ。